
軽自動車の最先端に乗る
2012年1月31日 19:49
1月26日、エコカー議員連盟という民主党の環境にやさしい低燃費車の普及を応援する議員連盟の活動の一環で、スズキ自動車(アルトエコ)とダイハツ自動車(ミライース)の軽自動車試乗会がありましたので、参加してきました。 地元の奈良県南部では、通勤通学や生活の足として自動車は欠かせませんし、走っている自動車の半分は軽自動車といっていいほどの多さで、軽自動車は、鉄道網が整備されている大都市以外の住民の生活必需品といってもいいでしょう。 軽自動車とはいえ、パワーと乗り心地も街中の走行では充分な性能を備えており、その上リッター30km以上というのですから驚きです。 エンジンパワーと電気モーターを混合したハイブリッド車が、もてはやされていますが、ガソリン車の技術革新も相当なものと感じましたし、メーカーのお話だと、百万円を切る軽自動車の価格帯でのハイブリッドの導入は難しいとのことでした。 いずれにしても、石油のほぼ全部を輸入に頼る我が国にとって自動車における省エネは最優先の課題でもあり、自動車における環境技術で世界のトップリーダーであり続けることも大切です。 電気自動車も話題になっておりますが、まだまだガソリン車の可能性を感じた試乗でした。
活動報告2012年1月20日.pdf
活動報告2012年1月27日.pdf
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百年に一度、2000ミリの雨量
2011年9月11日 22:13
台風12号の被害状況について、9月9日、衆議院の災害対策特別委員会において、閉会市中審査がありました。私は、被害を受けた奈良県選出議員として民主党を代表して質問に立ちました。
25分という時間ではありますが、紀伊半島を縦断する幹線道路の防災上の価値などを中心に、政府の防災対応をお聞きしました。以下が、質問の骨子です。
1. 緊急を要する土砂崩れによる自然(天然)ダムに対する対応をどうしているのか。
2. 河川氾濫、土砂災害の避難勧告、避難指示発令の指針、ルールはどうなっているのか。
3. 自治体役場と家庭をつなぐ防災行政無線は非常時に有効であるが、国としてデジタル化の支援をすべきであると考えるが。
4. 孤立化を予防するためには、特に幹線道路は安全な道路整備が必要。国道168号、169号の復旧計画はどうなっているか。
5. 道路整備について、費用対効果で判断すべしという意見があるが、防災上も必要な幹線道路(例えば168号や169号など)について、命の価値をどのようにして、いわゆるB/Cの判断に組み込んでいくのか。
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野田内閣 船出
2011年9月 2日 19:26
活動報告 2011.9.2
野田佳彦新内閣が発足しました。崖っぷちの民主党政権を立て直す最後のチャンスです。顔ぶれをみると、世代的にもバランスが取れ、安定感のある実務型内閣と言えます。民主党の一体感を取り戻し、全党で政権を支える体制もとれました。国民の信頼を取り戻すには、国民が納得できる実績を積み上げなければなりません。私も与党の一員として、しっかりと支えていきたいと思います。
また、私として一番うれしいことは、前田武志先生が国土交通大臣として入閣したことです。前田先生が衆議院議員時代、秘書として仕えた私の夢は、前田大臣秘書官として働くことでした。私自身が、衆議院議員になってしまったので、大臣秘書官にはなれませんが、気持ちは大臣秘書官として、前田大臣を支えていきます。地元奈良からも、お祝いの電話が数多くかかってきました。前田後援会の方々の喜びもひとしおです。
昨年7月の参議院選挙で再選を果たして! 地元の事務所も同じビルです。前田大臣が地元に帰れなくなる分、私がしっかりと地元の方々の思いを、伝えていきたいと思います。
野田新総理で日本政治を前へ
2011年8月30日 19:33
活動報告 2011.8.30
本日の衆参本会議で、野田佳彦氏が第95代内閣総理大臣に指名されました。ちょうど2年前の政権交代以来、また、私の初当選以来、早くも3人目の民主党政権総理大臣が誕生しました。6月2日の菅総理の退陣表明以来、3か月の実質的な政治空白を経て、ようやく日本の政治を力強く前進させる環境作りが出来ました。
昨日の民主党両院議員総会で、5名の候補者による民主党代表選挙で、野田勝彦氏が決選投票で海江田万里氏に勝利し、総理大臣への道を歩み出しました。私は海江田万里氏を支持し、投票しました。国民の民主党への信頼を取り戻さなければ、震災復旧、原発事故対応はもとより、幾多の国家的課題の解決・処理を進めることは困難であります。国民は、民主党の一体感のなさを批判し、政策実現の手法と実績に、疑問と失望感を持っています。今度こそ、挙党態勢を確立し、党一丸となって諸課題に取り組む体制を作り上げなければ、野党にも弱みを突かれ、民主党らしい政策の実現も困難となります。そのためには、これまでの党内政局の当事者でもなく、経済の専門家としての知名度もあり、原発事故処理を責任者として取り組んできた、海江田万里氏が最適任者であると考えて、支援をしました。
海江田氏支援を表明した、小沢一郎氏への党内のアレルギーが未だ根強く、一回目投票の下位連合が出来て、2位の野田佳彦氏が決選投票で勝利しました。海江田氏を支持してきた私としては、残念な結果ではありましたが、党として決めた以上、野田氏を全党で支えていかなければなりません。それが、民主主義の原則であり、党組織の基本であります。野田新代表も、「ノーサイドにしましょう。もう。」と、代表選出後の挨拶で発言されました。私は、その言葉を信じたいと思います。
新総理決定後、この時間帯も、党役員の人選が進んでいます。組閣は、9月2日か5日になると言われています。約400名強の民主党国会議員の能力を最大に引き出せるように、適材適所な人事を期待しています。
新役員を発表する野田佳彦民主党新代表(8月31日)
ラグビーWC 日本代表壮行会
2011年8月29日 19:18
活動報告 2011.8.29
民主党新代表に野田佳彦氏選出
ラグビーワールドカップ日本代表壮行会
菅直人総理の退陣表明を受けて告示された民主党代表選挙が、両議院総会で投開票が行われました。5人の候補者による演説の後、衆参議員による投票の結果、決選投票で野田佳彦氏が海江田万里氏を破り、新代表に選出されました。私は海江田氏を支持し、支援活動を行っていましたので、結果は残念ですが、終われば勝者を全党で支えるのが党組織の基本原理です。
明日の衆参本会議で、新首相に指名されることになりますが、私より一つ若い54歳の総理の誕生となります。昭和30年代生まれ初めての総理ともなります。同世代の野田氏には、がけっぷちの民主党政権の信頼を取り戻し、国民のための政治をスピード感を持って、進めていただきたいと期待します。
代表選挙の余韻さめやまぬ中、東京都庁展望室で開催された、ラグビーワールドカップ・ニュージーランド大会に参加する日本代表チーム壮行会に、国会議員ラグビークラブの一員として参加しました。ワールドカップの恒例として、参加国の国会議員チーム同士の親善試合があり、今回はフランス国会議員チームとの対戦も予定されています。
私もそれに参加すべく準備をしていましたが、7月14日に秩父宮ラグビー場で行われた事前練習で、右鎖骨を骨折し、ニュージーランド行きは断念しました。ユニフォームを着て、スパイクをはいて、本格的に練習するのは30年ぶりでしたが、みごとにケガをしてしまいました。無謀なことをすると、笑われましたが、残念です。
ニュージーランドも、今年の2月に大きな地震に見舞われ、日本人も犠牲になるなど大きな被害を受けました。それだけに、今回は日本代表チームには、悲願の決勝トーナメントに勝ち上がってもらいたいと思います。
奈良ラグビー界の至宝、菊谷ジャパン主将と
元ラガーマン 舘ひろしさんと 今回の代表チームのキャプテンは、奈良県立御所工業高校出身の菊谷 崇さんです。彼と会うのも楽しみでした。ゲストで来られていた舘ひろしさんとも話す機会がありました。舘さんの母上と、私の母親は、奈良市の佐保女学園の同級生で、同じ寮で過ごしたことがあり、今でも年に一度、同級生で一緒に旅行をしています。
祝 世界遺産登録 「小笠原」「平泉」
2011年7月 2日 18:50
ユネスコの第35回世界遺産委員会は6月25日(日本時間26日未明)、「平泉の文化遺産」について日本では12番目となる世界文化遺産への登録を決定しました。被災地東北の人々には、明るいニュースとなりました。7月1日、民主党の世界遺産議員連盟の幹事として、「小笠原」と「平泉」の世界遺産登録報告会に参加いたしました。
マスコミなどの報道で、観光客が増えて地元も活性化するという論調もあります。しかし世界遺産の登録の意味は、観光地としてのランク付けではなく、施設と共に今に残る多様な伝統文化を、後世まで人類の遺産として残していくことにあります。
奈良県には、世界文化遺産として「古都奈良の文化財」「法隆寺地域の仏教建造物」「紀伊山地の霊場と参詣道」の三つの世界遺産が、すでに登録されています。
世界遺産としての観光的価値を高める施策と、脈々と受け継がれてきた文化的価値を訪れた人に感じて頂くことの大切さの両方のバランスを考えながら、国としてバックアップできるよう活動していきたいと考えています。
(参考)
日本にある世界自然遺産(4ヶ所)
白神山地、知床、屋久島、小笠原
日本にある世界文化遺産(12ヶ所)
姫路城、古都京都、厳島神社、古都奈良、法隆寺、
広島原爆ドーム、岐阜白川郷、日光、 紀伊山地の霊場と参詣道、
琉球王国のグスクおよび関連施設、石見銀山、平泉
「メイド・イン・プリズン」
2011年6月 3日 16:48
6月3日活動報告
北の丸公園内の科学技術館で開催されている全国矯正展を見学して参りました。刑務所内の職業訓練の一環での作業の結果、製品となったものの展示即売会に大勢の人が来場していました。
木製品の家具から味噌・醤油という食品まで、いろんな分野の製品が展示され、売上金は犯罪被害者支援にも使われるということです。地元の奈良にも少年刑務所があり、そこからの出品もあり、丁寧なつくりの木工家具が「法務大臣賞」に選出されておりました。
「やり直せる社会」という標語にあるとおり、一度は過ちを犯しても、再びチャレンジできる社会でなければなりません。社会復帰への一助になればと思い、函館刑務所のロゴが入った藍染の布製バッグを購入してきました。
人生は目的地に向かって一直線で、脱線もせずに進む鉄道のようには行きません。つまずいたり、道をそれたりしても、もう一度再チャレンジ出来るような社会づくりは、受刑者の矯正のためだけでなく、すべての分野において用意することが政治の仕事として求められています。
急転直下の内閣不信任案否決
2011年6月 2日 18:08
活動報告 23.6.2
今日早朝、岡田幹事長から電話がありました。内閣不信任案への対応の確認です。私は、野党からの誘いに乗って、民主党政権を内側から壊すことはできないので、不信任案に反対すると答えました。しかし、菅執行部の党内運営、政権運営には大いに不満はあるので、万が一可決された場合は、解散総選挙ではなく、内閣総辞職を選択するように菅総理に進言していただくことを、お願いしました。それに対する岡田幹事長の答えは、それは菅総理が決断することだということでした。岡田幹事長には、我々議員の思いがなかなか通じない。残念に思いました。
造反を考えている同僚・先輩議員から同調を呼びかける電話や訪問がありましたが、菅政権を信任するわけではないが、大義のない造反には賛成できないと、お断りをしました。
不信任案可決の可能性が高まる中、12時から代議士会が始まりました。菅総理が冒頭のあいさつの中で、退陣を示唆しました。そして、鳩山前総理が菅総理との直前の会談の内容を報告するとともに、一致結束して否決することを呼びかけました。自民党を利する民主党の分裂を回避するための最後の努力に、私は敬意を表したいと思います。
これで、流れは変わりました。大震災被災地の状況や、原発事故の対応を考えても、長期の政治空白は避けなければなりません。
1時30分から本会議が始まりました。小沢一郎氏は欠席しましたが、造反を決意していた議員の大半は、出席し反対票を投じて、結果として大差で否決しました。
(青票を後ろ側の職員に渡そうとする画像)
被災地復興にむけて・・・17日総務委員会質問
2011年5月20日 13:23
今日開催された総務委員会で、質問に立ちました。5月10日、11日と、総務委員会の理事を中心とした被災地岩手県への派遣視察があり、私も参加をさせていただきました。その視察を受けての一般質疑で、視察でお聞きした要望、意見を踏まえて質問しました。
質問内容は、次の通りです。 l 被災した市町村の業務を、全国の自治体の人的支援で十分バックアップが出来ているか。 l 被災市町村の復旧・復興のための財政支援(地方交付税など)をするにあたっての、配分基準はどうなっているのか。 l 被災市町村は被害の深刻度が違い、復旧・復興に向けた取り組みのスピードが違う中で、地方交付税の配分スピードを実態に合わせて差をつけて、進んでる市町村の復旧・復興をより促進していくべきだが、どうか。 l 国の補助金が出ない全壊した市町村役場庁舎の建て替えに、特例で、財政支援をすべきだが、どうか。 l 津波で全壊した住宅や業務用施設や、漁船などの再建のために、二重ローンの軽減策を講じるべき。 l 大きく傷ついた郵便局ネットワークの再建を、具体的にどうやっていくのか。 l 被災地の民間放送局は、広告収入も減り、地デジ完全実施の延期でアナログ放送も二重に運営するためのロスも出て、財政が厳しい。被災住民向けの政府広報などを重点的に出向すべきと考えるが、どうか。 15分間の質問時間しかなかったので、駆け足で、特に重要なことを質問・提案しました。詳細は、動画でご覧下されば、幸甚です。衆議院インターネットTV
2日間にわたる視察は、岩手県盛岡市の岩手県庁で、県から全体的な被害状況を聴取し、県内の情報・通信・放送関係者から被災状況とその影響などを説明を受けました。 翌日、バス移動で、遠野市、釜石市、大船渡市、陸前高田市を訪問し、三陸沿いのすべての被災自治体の理事者から、被災状況と、復旧状況を聴取し、同時に要望もお聞きしました。 がれき撤去のめどが付いている自治体もあれば、未だめどが付いていない自治体もありました。仮設住宅の建設用地の手当てが済んだ自治体もあれば、手当てが付いていない所もあります。復興に向けた基本方針を作成した自治体もあれば、復旧に精いっぱいで、復興という言葉が使いづらい自治体もありました。 自治体によって、被害状況も、復旧のスピードも違い、一律の支援ではいけないことが、よく理解出来ました。総務委員会は、地方自治、公務員制度、郵政、通信、放送を所管する委員会ですが、復興関係法案の迅速な成立を図って、被災者の生活政権が迅速に進むよう、全力で取り組んでいきます。 最後に訪れた陸前高田市は、歌手の千昌夫さんの出身地で海岸淵に元所有していたホテルも被災し、無残な姿をさらしていました。また、同行された総務委員会の与党筆頭理事である、黄川田議員のコンクリート3階建てのご自宅が、屋上まで波をかぶった跡を残して、ポツンと残っていました。黄川田議員は、ご両親、奥様、長男、秘書及び家族を、この津波でなくされました。復興特別委員会の委員長就任が内定されていますが、つらい気持ちを奮い立たせて、それでも明るく、被災地のために頑張っておられます。私も、国会議員の一人として、しっかりと支えさせていただきたいと思います。![]()
被災者の声を聞く―その3
2011年5月19日 13:16
今日は東京へ戻る日ですが、もう少し被災地を知りたいと思い、宮城県石巻市へ入りました。石巻市では、約3000人が尊い命を落とされ、約2800人が未だに行方不明という、大きな被害に襲われました。8500人が避難生活をされ、復旧作業が行われている所です。 石巻駅周辺の商店街や繁華街は、一階部分が津波で冠水し、倒壊は免れたが、泥だしやがれき撤去の最中で、被災から2カ月近くたつのに、まだ信号機はつかず、電気と上下水道の復旧作業中でした。市内の大半を一望できる日和山公園に登り、被災地の様子を目の当たりにしました。 日和山からは、市の中心部を流れる北上川に沿って沿岸部や中洲の被害状況が見え、河口の特に右岸側の南浜地区の惨状が解りました。もともと、この日和山のふもとが北上川の河口であったはずで、南浜地区は近代の埋め立て地であると、推定できます。海岸にどんな防潮堤があったのかわかりませんが、市民病院と大きなお寺以外は、ほとんどすべての建物が消滅し、見渡す限りの荒野と化していました。 ここで多くの方々が命を落とされたと思うと、本当に残念でなりません。この大震災で亡くなられたすべての方々には、心から哀悼の意を捧げます。しかし、この南浜地区は漁港でもなく、地域の事情に疎い私にとっては、海に近いところに住まなければならない必要性を感じない所です。数百メートル以内に日和山があるという、安心感があったのかもしれません。この地区は、9日ぶりに少年とおばあさんが生還された地域でもありますが、復興に関しては、地形を十分に考えないといけない場所であると、感じました。 この3日間の被災地訪問で、「天災は忘れたころにやってくる」という教訓を、いやというほど知らされました。津波は予想されており、避難訓練も熱心に取り組んでおられた地域でも、被害を食い止めることができませんでした。夜だったら、もっと被害が出ていたとも言われました。 三陸地域は平地が少ないという条件はありますが、今回こそ津波による人的被害をなくすという強い思いで、高台に住居を移す、どうしても高台に移せない所は、頑丈で津波による倒壊のない高層の避難所を兼ねた集合住宅を作るなど、日本人の英知を結集して、復旧・復興に取り組まなければなりません。 この時期に国会議員という立場にいるものとして、その責任を果たすためにやるべきことは本当に多いと肝に銘じ、被災地を後にしました。